神から人へ◎覚醒の合図・ 九州の地震◎


(2005年九州の地震について)

神から人へ。人から神へ。多くの犠牲も人の死も、次なる

夜明けのその前の、光の前の暗闇なり。本日そなたの問いの

意味は、そなたも十二分に承知せるもの。なれどもさらに、

意味問いたくば、そなたも己に問いかけてみよ。

地震も津波も、災害全ては、地球の危機と警告なり。

人の傲慢、勝手の都合、とどまることなき飽くなき欲望。

足ること知らず、持つこと気付かず。ただ深めるのみの

不平不満よ。他への不服にあふれしことばを、満たさること

なき飢えし思いを、内にこもりて凍てつきぬる、孤独の心を

解き放たん。人類始めの原初のときより、人は己の我と闘い、

我に打ち破れ、朽ち果てぬるを。太古の頃より変わらぬ人類。

進歩も進化も微塵(みじん)もなかるを。

 

 

なれども今日こそ、新たに変わらん。新たに目覚め、甦らん。

孤独の思いを終わらせよ。個々に分かたれ、断たれし絆を、

ほどけし縁をつなぎ合わせよ。散らばり離れる無数の御霊を、

見えぬ糸にて結び合わせよ。今このときの瞬間を、逃さず

とらえて一つとなれよ。まとまる命の光の円を、広げ開きて

さらにも輝け。さにて本日、そなたの問いに答えを示さん。 

九州地震の意味するものは、神の願いの始まりのとき。

成就に向けて動き出す、働き始めの合図なり。

これまで仕掛けし準備も整い、今早や実現、実行のとき。

合図を待ちし無数の御霊の、活動開始の号砲ならん。

さなれば今日は始めの一日。今日より始まり、明日に終わらん。

時は急がれ、待つことなし。遅れるものは取り残されん。

時代の流れに流されず、時代の流れを作る者なれ。

 

 

さにて本日、九州地震は明らかならん。太古の昔、神の降り

立ち、日本を治めし始めの地にて、これから最後の仕上げの

始まり。ここより始まり広がりゆかん。地球をおおいて

この地に戻らん。さなる時の訪れまでの、しばしの時間を

つつがなかれよ。人には止め得ぬ時代の渦に、身をば任せて

健やかなれよ。逆らい溺れて沈まぬように、神のご意図を

読み取れよ。信じず否定し、蔑む者は、次に残るに難しき者。

素直に求め、ゆだねる者こそ、神の導く明日を迎えん。

さにて本日、伝えることの真の真意を、裏も表もよく考え、

これから後に活かして生きよ。人生長くも百年足らず。

いかに生きるか、生き方にあり。目先の不安や不幸に脅えず、

神に恥じなき生を選べよ。

(文中の地震とは平成17年3月20日福岡県北西沖の
玄界灘で発生した最大震度6弱の福岡県西方沖地震の
ことです)

 

日本の原子力発電所地図・運転情報

http://www.gengikyo.jp/facility/powerplant.html

2017年3月30日現在、九州電力の川内原発1・2号機と

四国電力の伊方原発3号機が稼働しています。

世界の原子力発電所分布地図

http://www.sting-wl.com/worldmap.html

核兵器保有国・世界の核実験世界地図

http://www.sting-wl.com/nuclear-weapons.html



神の声を伝える人
ひふみともこさんHP
http://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/
大神神社 狭井神社 三輪山の巫女 
「真理の御霊」 最後の審判について
http://blog.livedoor.jp/hikarinomirai-mirokunoyo/archives/18847014.html

神から人へ ◎最後の審判・日本のお役目とは◎

 

日本とは、世界の中心、世界の始め。
なれば日本の国民は、神に使われ働く民(たみ)なり。
言霊清くも美しく、神のことばに最も近く、さらにも神に近き姿に、
人は作られ、似せられき。
なれば神の世、神と人とを、
つなげる役も み役なりき。そして今の世、神と人とは、離れて
分けられ、
遠ざけられど、さにても使わる言霊は、
神のことばにさも近く。なれば今でも通信も、心の交流、
ことばの交信、
他の国より易く行う。なれば今の世、日本の、
なすべきみ役の一つは、
世の立て直しと、さなる後の世、
人を救い導きゆくが、次なるみ役。
神のことばを人に伝えて、
人の魂浄める手伝い。地をも自然も、浄め直して、
神の降り立つ場所を浄めて、神との出会いの備えを行う。
そもまたみ役の、ありがたきかな。また行うは、人の魂、
迷える魂導きて、
神との縁を結べるように、神ととをつなぐも
み役。
かくなる尊きみ役なれば、さらにも魂浄めあげなん。 



他の国々乱れおるも、全てがことばの乱れから。
正しきことばは失われ、神のことばは忘れられ、ことばは
混じりて乱れ合い、他国の侵入侵略により、元あることばは
汚されて、乱れしままにて使われおるなり。元の国語を
正しく使い、音も正して文法直さば、先ずは国情、穏やか
ならん。戦争紛争、終わらぬも、ことばを正して使いなば、
必ずもめごと治まりて、ことばを越えし絆も生まれん。
立て替え直しのその後には、新たなことばも生まれ出なん。
なれども此度も日本のことばは、残され直され、用いられん。
世界のことばを一つにするは、いとも易しきことなれど、
先ずは元ある国々の、ことばも残して使われなん。さにて
世界は繁栄し、文化文明、違いも生まれて、さらなる発展、
進歩もあるらん。



全てが同じを、神は好まぬ。神のことばは、人は使えず。
なれども、いずれのことばにも、必ず言霊宿るなれば、
いずれのことばも尊き神の、ご意図を汲みて使うがよけれ。
神のことばは忘れられども、ことばの奥には必ず神の、
眠れる命も育まるる。なればこそ、大立て替え直しの
祈願成就は、ことばの浄めの終わりをもちて、一つの節目を
迎えなん。なれば人は、それぞれ努力。神の手伝い行えるよう、
先ずはことばを先に浄めよ。その後神は、ことばをもちて、
日本のみ役を示し明かさん。日本は古代の、神世のころより、
神に
使われ続けし民なり。神のことばを使いし民なり。
そのことしかと肚に納めよ。 

 

 

  

神の声を伝える人
ひふみともこさん著書 「神から人へ(下)」より抜粋
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「真理の御霊」 最後の審判について

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神から人へ◎天変地異・日本人がすべき事とは◎



 (地震、異常気象について。何かの知らせ、あるいは何かを

悟れとの神様のご意図なのでしょうか。そうだとすれば、

何を悟るべきなのでしょうか)

人は多くの天候、現象、自然の事物に意味を見出す。

なれど多くは、神の意図にも、神の仕組みしことにもあらず。

多くの原因、根源は、人の積み越しし、過(あやま)ちにあり。

なれば悟るは、これまでの己の罪を、過去を見よ。そこに

答えは見えざるや。人間心の浅知恵により、自然を破壊し、

濫用し、今や荒廃、荒れ果てぬれば。今の世界の異常気象も、

その結果なり。必然なり。人の勝手な暴走により、自然の

秩序を乱し狂わす、さなる愚かな物質文明、神の望まぬ繁栄

なれば。今この時に、この瞬間にも、地球の無数の国々にて

自然を破壊す、人の驕(おご)りよ。異常気象や、事件事故。

一つも神の仕組みにあらず。

神の仕組みは、原因結果の法則一つ。神の定めしもののみ

なれば。神の定めし法則に沿い、全ては自ずと定まるのみ。

神のご意図が働くになく、絶対普遍の法則なれば。



異常気象も、人の作りし物質のみの欲の産物。神は見守り、

悲しめど、自ら力を使うことなし。ただに人が精進努力し、

自ら悔いて、昇華せんを、ひとえに願いて祈るのみ。

なれば、人は地球を見よや。全てはそこに答えがあらん。

自然破壊に環境汚染、資源の濫用、乱伐伐採。挙げ句は

遺伝子、生命までも、操る傲慢(ごうまん)不遜の極みよ。

全ては調和、一つの命。人間のみが異常に栄え、他を

支配するが誤りの素。過不足なきが始めの姿。

神の創りし地上の創世。なれど、幾千、幾万年。狂いし

ままにて進む時間よ。なれば戻せよ、時間を元へと。

適わぬ事なれ、努力を奉げよ。地上の命を甦らせよ。

自然の力の復活を。神の力を待つになく、人自らが働けよ。

一人の力は一人にあらず。必ず十人、百人と、集まり

強まり、動かさん。

己の力を信じ頼めよ。神にすがりて、何も得られず。

かえりて魂、汚れともなる。なれど、自ら働く者は、神は

必ず光を与え、さらに浄めて、力を授けん。その時人は、

素直になりて、神に任せてゆだねればよし。結果を案じ、

先回りすは、取り越し苦労の無駄な骨折り。神の力を

信じる者は、ただ泰然と励むのみ。それにてやがては

波動も高まり、神との通信、波長も合わん。



(日本の地震について)

日本の国の積み越しし罪なれ、日本の人は悟るべし。

戦後の繁栄、享楽、退廃、人の精神、魂に、溜まりし汚れを

禊(みそ)ぐ時なり。なれば、神の怒りにあらず。自ら禊ぎて、

浄め得ぬなれ、神の慈愛の禊ぎと思えよ。神の恩愛、真の

愛は、人の真の浄めにあれば、ただに物質、金銭のみの

利益にあらず、富ならず。神の真の慈愛を汲みて、神の心に

適(かな)う国なれ。



(具体的には、日本人一人一人、何をすべきなのでしょうか。

また神様に祈りを捧げることについてお教え下さい。

祈ることにより、地球人類を救えるものでしょうか)

まずは心の浄化を急げよ。人の不幸を遠くに眺めて、何も

せぬこそ罪なれば。今は人の不幸なれども、やがては己に

及ぶものなり。なれば他人の幸せ願い、無心の祈りでまずは

浄めよ。自らの魂、心の奥底。さにてその後、人のため、

自らなせる献身、奉仕。報いは心の浄めなるらん。

人の真の祈りにあれば、一人の祈りも百人の如。数に意味

なし、神への祈りは。まずは一人にても、神への祈りと

感謝を捧げよ。神への祈りは一生なり。人の祈りは己のため。

己の魂浄める為なり。神への感謝を捧げて浄め、その後、

他へと広がりゆかん。祈りは人を救うにあらず。魂、波動を

高めるためなり。



(少年犯罪も、これまでの罪科の結果だとすれば、まず日本人

一人一人、何を反省し、悟り、行っていくべきでしょうか)

少年犯罪、いじめに自殺。全ては戦後の過ちのつけ。

教育なるをないがしろにし、心を高める必要説かず。ただに

己の生活のため、富や、名誉のみ追う。 心のゆとりや豊かさ
失い、導く者すらなき地獄。迷いし子供の魂は、行く先もなく、

漂うが如。少年のみが悪しきにあらず。家庭の中にも、

学校にも、子供を育てる愛のなければ。厳しさ、慈愛の深さ。

心を養うものすらなくば、自ら生きる力も育たず。

子供の悲痛な魂の叫びは、他人を傷つけ、悔いることなし。

少年のみを憎むなかれよ。一人の犠牲者、哀れな魂(たま)よ。

少年罰して何も変わらず。教育、思想、家庭を直せよ。

人の心の根本を、愛ある心を取り戻せよ。心に養分与える

ものは、真のことばと真の感謝。何にてもよし、感謝を持てよ。

親にてもよし、友にてもよし。身近な周りの人との交流、

感謝のことばを表し、見せよ。幼き心の素直なうちに、

人は心の養分を、親から受けて育むものなり。心に感謝の種

持つ者は、必ず人をも愛する芽を出し、豊かな心の花を咲か

せん。荒れし心も、必ず肥沃に、慈愛のことばに潤わん。

心の枯れてひび割れし者も、ことばの慈愛にて、やがては

芽生えん。さにて本日多くを答えしを。よく読み、汲みて、

悟りを得るべし。

 

 

 


神の声を伝える人
ひふみともこさん著書 「続神誥記」
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「真理の御霊」 最後の審判について

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神から人へ ◎神と人との違いについて◎



神と人との違いについて、今日は申し伝えるなり。

神は人に、神の御霊(みたま)を分け与えし。

なれば、人は、神の分け御霊を授かりし、尊い存在のはずなり。

そも、この世の初めには、人は神から、多くの許しを得て、

神のことばを使い、神の力を使い、神の光を用いて、

所によらず、時によらず、何事をもなすこと可になるにより、

多くの健、和、富を与えられ、

そを持ちて、人はおのが幸せを手に入れし。 

人が神に授かり、神にお借りし、神に許されし、数々の恵みが、

人から一つ一つ取り上げられし訳は、人の自我、人の我欲、

人の自己中心的観念が、人の内に芽生えてからなり。




神は、人に、数々の恵みを、人みなが幸福になるためにのみ、

分け与えられし。なれば、人が他のため、他の幸せのために、

それらのみ恵を用いず、己の欲望のみを充足させん、

人を支配させん、人を押しのけ、己のみが、他より多くのものを

独りの物にし、楽しみ、もちて遊び、己の欲望のみを満たさんと

し始めし時より、神は、人から多くの力、能力、才能などを

取り上げ、人を一つの肉体のみと、ならしめたまう。

それゆえ、人は、欠けたる力を補わんと、心行、体行、霊行、

それらをもちて、己の汚(けが)れし魂を浄め、高め、

元の力を神から許されるまでは、続けねばならずなりにし。




人が神に近づくというは、神が初め、元に与えし力を、

再び神から許され、再びそれら力を持つこと、

あたうような魂にまで、おのが魂を高めんことをいうなり。

なれば、人は、己の魂の浄まり、高まりに応じた

心行、体行、霊行を課され、そして、おのが魂の昇華を

果たさねばならなくなりし。それは一に、魂を元の高さまで、

元、神から分けられし魂の高さに戻すまで続く行なり。

神とて同じなり。神もまた、人の汚れが浄められ、高められる

まで、そのお導きをお続けになり、人が元の姿、魂、心に

変えるまでは、人と共に行をせられるなり。神、人、共にある

なれば、神のみが人に行を課し、おのが行はなしということは

なかりければ、人は、そをよくよく肝に銘じておきて、

神に近づかんの努力精進、怠らず続くべきなり。




神は人をこよなく愛し、こよなく慈しむの気持ちを持ちて

おられるれば、かつて人が、神と共に在りしときの、

この世の美と、富、幸とを再び人と共に、楽しまんと

望まれるなり。なれば、人一人一人、心を入れ替え、

神に帰依し、委ね、ただ己の行を行じて、汚れ曇りを祓い、

浄めねばならぬことなり。神に伝えられし、ことばの

一つ一つを、人の一人一人が、それぞれに応じて理解し、

肝に刻みて、おのが励みとすべきなり。

神は、奥底から、魂の奥底から、絶えず呼びかけ教え、

導いておられる。なれど、人に聞こえぬ声なれば、

気付き、悟る人間少なし。




それゆえ、神は、人の肉身に聞こえぬ声を、人に伝え、

知らしめるために、宗教を作られ、宗教の祖たちに、

神の教えを託せしなり。それゆえ、人は宗教より、

多くの知識、英知、この世で積むべき人の行い、

人の振る舞い、人の行について悟り気付くなるべきを、

曇らせ、濁らせし魂によりて、聞けども聞こえず、

見れども見えず。ただ、おのが我欲、利害、損得のみを

追い求むの性根変わらず。

人はおのが主なりて、神は隅に追いやられ、押しやられ、

おのが利益のみを優先し、おのが満足のみを求むなり。

なれど、その愚の積みし後に残るは、ただただ、

腐れ、汚れの積み上げし、おのが魂のみ。ますますの行を

残し、前にもまして、積まねばならぬ行に苦しむ、

哀れなる魂なり。なれば、あの世に帰りて後に、

おのが罪に苦しみ、心より悔いて、魂を浄め、

魂を高めんと、幾層倍の行を積まねばならぬことと

なりゆく。神は人に、さなる苦しみを与えたくはなし。

人の一人一人が、自ら気付き、自ら悟るを待つのみ。




さなれば、人は、心開き、目を開け、耳傾け、おのが

深き深奥に、眠らせし神を目覚めさせ、その声を聞き、

その姿を見出し、おのが導きを得らるるよう、

心清らかに、素直に保ちて、心からの祈りを捧げるべし。

祈りは意乗り、すなわち、神の意におのが意を添わせ、

神の御心におのが心を近づけんがための、魂から溢れ

出づる神への願いを表すものなり。神は祈りの声をもちて、

人の魂の昇華を認め、一段高き昇華を許さる。

神、清き祈りの声を聞き、その声をもちて、人一人一人の

魂の昇華の程を測り、知られる。神に下座し、神に

おのが過ち、おのが罪咎(つみとが)、先ずはお詫びし、

許しを乞うべし。そが行の始まり、根本なり。




罪咎なき人、一人もなし。生くれば、日々、罪汚れを作り

ゆくなり。人を苦しめ、人をうらやみ、人をおとしめ、

人をあざむく。それが人の我欲、我執なり。

我欲、我執に使われし人は、いつまで経ちても、魂浄まらず。

魂汚し、魂曇らせ、魂濁らせ、汚れにまみれるに任せるなり。

神に下座し、これまでの罪咎、汚れ、曇り、

迷妄の一つ一つを詫び、悔い、おのが魂の浄めの許しを

得んと、心よりの祈り、心よりの感謝を、神に捧げんと、

願うべきなり。神が人に求める気持ち、強くば強きほど、

人は神の御心に応えんと、精進努力、誠をもちて神に向かい、

神の御心をわが心に受け入れ、神の御心にまで高めゆかんと、

日々行ぜよ。行は行として、神に届き、そをもちて、

神は魂の昇華を許さるる。この世に囚われし心では、

汚れ取れざるなり。心高く、遠きあの世も見通す気持ちで、

魂の永遠の行を捉え、究めるべし。 





神の声を伝える人
ひふみともこさん著書 「神から人へ(上)」より抜粋
ひふみともこさんHP http://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/

「真理の御霊」 最後の審判(次元上昇)について
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