神から人へ◎原発事故・重ねた罪の深さを知れ◎


 

神から人へ、人から神へ。多くの人の命を奪い、尚収まらぬ、

混乱、混迷。人の全てが力を合わせ、課題に向かい、

手を携(たずさ)えて、これまで犯せし科(つみとが)の一つ一つを

償(つぐな)えよ。生きて残りし者たちは、重き課題を負わされて、

これから後の時代を担えよ。さにて本日、人間の犯せし中でも、

最も重き過(あやま)ちについて説き聞かせむ。

原子を利用す発電は、自然の摂理に大いに反し、自然を汚し、

宇宙を汚さむ。宇宙の則(のり)を根本より、乱し崩すの行い

なり。発電の後、残さるは、地上に留まるさらなる穢(けが)れ。

大気に、水に、大地にと、永きにわたりて広がりゆかむ。

自然万物、調和の世こそ、宇宙のあるべき姿なれ、

原子力による発電は、最もゆゆしき反逆ならむ。その反省を

迫れるも、人の悔悟の遅れなば、もはや地球に未来なし。

今日までに延ばされし、最後の機会を逃すなよ。

罪を贖(あがな)う日は延ばされず。猶予のなきを、肝に銘ぜよ。

遅れが募れば、犠牲も増えなむ。犠牲のままに何も残らぬ、

廃墟に神の光もなからむ。今急がるは、人の覚醒。



利権を求め、守るため、重ねし罪の深さを知れよ。

人がこの世で生きらるは、自然の恵みのあればこそ。

自然の中に人はあり。人こそ自然の一部なれ。摂理に逆らい

自然を壊す、その大罪を償う時なり。 宇宙に存する全ての

ものは、神の教えを一途に守り、宇宙の則に従うべし。

宇宙進化の流れに沿いて、神経綸(かみけいりん)を進める

べし。生まれし命は死を迎えども、再び生まれて転生せむ。

その営みを繰り返し、進化を遂げるが理(ことわり)ならむ。

なれど原子を破壊せば、そこには何の再生もなし。転生もなく、

滅びあるのみ。宇宙の進化を妨げる、地上の人類、

そは敵ならむ。永久に滅びて潰えゆくのみ。今のままには、

他に道なし。人の利害に測るになく、宇宙の意図を読み取る

べし。人の霊性、進化の証を、今こそ人は試さるときなり。

心の底より悔い改めて、自然と共に生きる道、そを求めるが、

急務ならむ。福島の原発事故で払いし犠牲は、これから後の、

真の目覚めのためなれば。世界の民のまとまる時なり。

奇跡は神の起こすにあらず。人の祈りが起こすもの。

今こそ祈れよ。浄化せよ。穢れを、罪を、過ちを。清き言霊、

祈りの力で、融和の絆を広げるべし。残されし者、一人一人に、

神は最後の願いを賭けむ。よくまとまれよ。働けよ。 

                       (東日本大震災後 2011年3月)   


  

◆神様の分け御霊である人間が 神性を取り戻す言霊 ◆
「ひふみ祝詞(のりと)」

ひふみ  よいむなや  こともちろらね  しきる 

ゆゐ(wi)つわぬ  そを(wo)たはくめか  

うおえ  にさりへて  のますあせゑ(we)ほれけん

※3回続けて宣る  


「いろは祝詞(のりと)」

いろは にほへとち りぬるを(wo)わかよ  たれそ  

つねならむ うゐ(wi)のおくやま けふこえて

あさきゆめみし ゑ(we)ひもせすん 

       

  

 

神の声を伝える人
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大神神社 狭井神社 三輪山の巫女 
「真理の御霊」 最後の審判について
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神から人へ◎覚醒の合図・ 九州の地震◎


(2005年九州の地震について)

神から人へ。人から神へ。多くの犠牲も人の死も、次なる

夜明けのその前の、光の前の暗闇なり。本日そなたの問いの

意味は、そなたも十二分に承知せるもの。なれどもさらに、

意味問いたくば、そなたも己に問いかけてみよ。

地震も津波も、災害全ては、地球の危機と警告なり。

人の傲慢、勝手の都合、とどまることなき飽くなき欲望。

足ること知らず、持つこと気付かず。ただ深めるのみの

不平不満よ。他への不服にあふれしことばを、満たさること

なき飢えし思いを、内にこもりて凍てつきぬる、孤独の心を

解き放たん。人類始めの原初のときより、人は己の我と闘い、

我に打ち破れ、朽ち果てぬるを。太古の頃より変わらぬ人類。

進歩も進化も微塵(みじん)もなかるを。

 

 

なれども今日こそ、新たに変わらん。新たに目覚め、甦らん。

孤独の思いを終わらせよ。個々に分かたれ、断たれし絆を、

ほどけし縁をつなぎ合わせよ。散らばり離れる無数の御霊を、

見えぬ糸にて結び合わせよ。今このときの瞬間を、逃さず

とらえて一つとなれよ。まとまる命の光の円を、広げ開きて

さらにも輝け。さにて本日、そなたの問いに答えを示さん。 

九州地震の意味するものは、神の願いの始まりのとき。

成就に向けて動き出す、働き始めの合図なり。

これまで仕掛けし準備も整い、今早や実現、実行のとき。

合図を待ちし無数の御霊の、活動開始の号砲ならん。

さなれば今日は始めの一日。今日より始まり、明日に終わらん。

時は急がれ、待つことなし。遅れるものは取り残されん。

時代の流れに流されず、時代の流れを作る者なれ。

 

 

さにて本日、九州地震は明らかならん。太古の昔、神の降り

立ち、日本を治めし始めの地にて、これから最後の仕上げの

始まり。ここより始まり広がりゆかん。地球をおおいて

この地に戻らん。さなる時の訪れまでの、しばしの時間を

つつがなかれよ。人には止め得ぬ時代の渦に、身をば任せて

健やかなれよ。逆らい溺れて沈まぬように、神のご意図を

読み取れよ。信じず否定し、蔑む者は、次に残るに難しき者。

素直に求め、ゆだねる者こそ、神の導く明日を迎えん。

さにて本日、伝えることの真の真意を、裏も表もよく考え、

これから後に活かして生きよ。人生長くも百年足らず。

いかに生きるか、生き方にあり。目先の不安や不幸に脅えず、

神に恥じなき生を選べよ。


(文中の地震とは平成17年3月20日福岡県北西沖の
玄界灘で発生した最大震度6弱の福岡県西方沖地震の
ことです)

 


 

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神から人へ◎天変地異・日本人がすべき事とは◎



 (地震、異常気象について。何かの知らせ、あるいは何かを

悟れとの神様のご意図なのでしょうか。そうだとすれば、

何を悟るべきなのでしょうか)

人は多くの天候、現象、自然の事物に意味を見出す。

なれど多くは、神の意図にも、神の仕組みしことにもあらず。

多くの原因、根源は、人の積み越しし、過(あやま)ちにあり。

なれば悟るは、これまでの己の罪を、過去を見よ。そこに

答えは見えざるや。人間心の浅知恵により、自然を破壊し、

濫用し、今や荒廃、荒れ果てぬれば。今の世界の異常気象も、

その結果なり。必然なり。人の勝手な暴走により、自然の

秩序を乱し狂わす、さなる愚かな物質文明、神の望まぬ繁栄

なれば。今この時に、この瞬間にも、地球の無数の国々にて

自然を破壊す、人の驕(おご)りよ。異常気象や、事件事故。

一つも神の仕組みにあらず。

神の仕組みは、原因結果の法則一つ。神の定めしもののみ

なれば。神の定めし法則に沿い、全ては自ずと定まるのみ。

神のご意図が働くになく、絶対普遍の法則なれば。



異常気象も、人の作りし物質のみの欲の産物。神は見守り、

悲しめど、自ら力を使うことなし。ただに人が精進努力し、

自ら悔いて、昇華せんを、ひとえに願いて祈るのみ。

なれば、人は地球を見よや。全てはそこに答えがあらん。

自然破壊に環境汚染、資源の濫用、乱伐伐採。挙げ句は

遺伝子、生命までも、操る傲慢(ごうまん)不遜の極みよ。

全ては調和、一つの命。人間のみが異常に栄え、他を

支配するが誤りの素。過不足なきが始めの姿。

神の創りし地上の創世。なれど、幾千、幾万年。狂いし

ままにて進む時間よ。なれば戻せよ、時間を元へと。

適わぬ事なれ、努力を奉げよ。地上の命を甦らせよ。

自然の力の復活を。神の力を待つになく、人自らが働けよ。

一人の力は一人にあらず。必ず十人、百人と、集まり

強まり、動かさん。

己の力を信じ頼めよ。神にすがりて、何も得られず。

かえりて魂、汚れともなる。なれど、自ら働く者は、神は

必ず光を与え、さらに浄めて、力を授けん。その時人は、

素直になりて、神に任せてゆだねればよし。結果を案じ、

先回りすは、取り越し苦労の無駄な骨折り。神の力を

信じる者は、ただ泰然と励むのみ。それにてやがては

波動も高まり、神との通信、波長も合わん。



(日本の地震について)

日本の国の積み越しし罪なれ、日本の人は悟るべし。

戦後の繁栄、享楽、退廃、人の精神、魂に、溜まりし汚れを

禊(みそ)ぐ時なり。なれば、神の怒りにあらず。自ら禊ぎて、

浄め得ぬなれ、神の慈愛の禊ぎと思えよ。神の恩愛、真の

愛は、人の真の浄めにあれば、ただに物質、金銭のみの

利益にあらず、富ならず。神の真の慈愛を汲みて、神の心に

適(かな)う国なれ。



(具体的には、日本人一人一人、何をすべきなのでしょうか。

また神様に祈りを捧げることについてお教え下さい。

祈ることにより、地球人類を救えるものでしょうか)

まずは心の浄化を急げよ。人の不幸を遠くに眺めて、何も

せぬこそ罪なれば。今は人の不幸なれども、やがては己に

及ぶものなり。なれば他人の幸せ願い、無心の祈りでまずは

浄めよ。自らの魂、心の奥底。さにてその後、人のため、

自らなせる献身、奉仕。報いは心の浄めなるらん。

人の真の祈りにあれば、一人の祈りも百人の如。数に意味

なし、神への祈りは。まずは一人にても、神への祈りと

感謝を捧げよ。神への祈りは一生なり。人の祈りは己のため。

己の魂浄める為なり。神への感謝を捧げて浄め、その後、

他へと広がりゆかん。祈りは人を救うにあらず。魂、波動を

高めるためなり。



(少年犯罪も、これまでの罪科の結果だとすれば、まず日本人

一人一人、何を反省し、悟り、行っていくべきでしょうか)

少年犯罪、いじめに自殺。全ては戦後の過ちのつけ。

教育なるをないがしろにし、心を高める必要説かず。ただに

己の生活のため、富や、名誉のみ追う。 心のゆとりや豊かさ
失い、導く者すらなき地獄。迷いし子供の魂は、行く先もなく、

漂うが如。少年のみが悪しきにあらず。家庭の中にも、

学校にも、子供を育てる愛のなければ。厳しさ、慈愛の深さ。

心を養うものすらなくば、自ら生きる力も育たず。

子供の悲痛な魂の叫びは、他人を傷つけ、悔いることなし。

少年のみを憎むなかれよ。一人の犠牲者、哀れな魂(たま)よ。

少年罰して何も変わらず。教育、思想、家庭を直せよ。

人の心の根本を、愛ある心を取り戻せよ。心に養分与える

ものは、真のことばと真の感謝。何にてもよし、感謝を持てよ。

親にてもよし、友にてもよし。身近な周りの人との交流、

感謝のことばを表し、見せよ。幼き心の素直なうちに、

人は心の養分を、親から受けて育むものなり。心に感謝の種

持つ者は、必ず人をも愛する芽を出し、豊かな心の花を咲か

せん。荒れし心も、必ず肥沃に、慈愛のことばに潤わん。

心の枯れてひび割れし者も、ことばの慈愛にて、やがては

芽生えん。さにて本日多くを答えしを。よく読み、汲みて、

悟りを得るべし。

 

 

 


神の声を伝える人
ひふみともこさん著書 「続神誥記」
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神から人へ ◎一年生きても、百年生きても◎

 

神から人へ。神から人へ、教えしことのは。文字と光と力と

業(わざ)を、人は残らず果たすが大事。人の思いのつまらぬ

葛藤、くだらぬ詮索、疑い、迷い、全ては人の汚れと曇り。

神のことばを聞く耳あらば、人は迷わず導かれゆけ。

神のことばの変わらぬ意味を、正しく迷わず、汲み取れば

よし。人の最後の上昇の時。神にもわからぬその後のこと。

幾人残りて、幾人果つるか。なれどもそもまた人の責任。

己を救えぬ魂ならば、神にも救えぬ、自然法則。

神の作りて定めし法則。 全ては狂わず、ただ進みゆく。

時間の流れもその一つ。時間の長さは意味無き基準。

神の時間に終わりなければ。なれどこの世の時間は有限。

はじめと終わりの境もあるらん。なれど真は、無限、永遠。

常に変わりて進みゆくなれ、後にも先にも順番なかり。

時は続きて絶え間のなければ、人は無限をただ生くるのみ。

時の瞬間、瞬間は、瞬間ならず、長さのあらず。

ただその時を無限ととらえよ。神の時間を、己のものに。

神には全てが今ならん。全ての時が現在なれば、過去も、

未来も、今と変わらず。神の時間を生き得るものは、

不老の命を可能にせんもの。




時間の長さに意味のなし。人にはそれぞれの一年あり。

人それぞれに長さは異なる。一年生きても百年程の、

多くの悟りを得る者あらん。百年生きても、生まれしまま

にて、何の昇華も果たさぬ者あり。人にそれぞれ時間あり。

時間を超えて、今をつかめよ。今この時に全てを込めて、

全身全霊傾け生きよ。無駄な思いは役にも立たず。

ただに信じて安らかに。よきことなさば、よきこと起こらん。

よきこと思わば、よく表れん。全ては己の想念一つ。

祈りの高さと強さによらん。神の願いをよく聞けよ。

よく汲み取りて、神を手伝え。 今も昔も同じこの世よ。

この世に伝えし神のことばよ。変わらぬ教えと、真実なれば、

人も改め、確かめ、生きよ。



迷い、乱れは、人の常。現象のみしか信じぬ愚かさ。

その奥にある真実を、神の真理を、見えぬものなれ。

なれど、悟りて、正しく見るは、必ず己の行い高めん。

物質のみに目を奪われて、心の奥底、魂の、汚れ曇りを

増すことなかれ。さらに磨きて、曇りを落とし、浄き魂、

高めてくれよ。さにて本日、そなたの迷い、心の不安を、

察して教えし。この後多少の不安もあらん。よく励まして、

自ら越えよ。この世の修行に意味あらばこそ、

この世を生きて、しかと果たせよ。神の心を信じ、委ねよ。

己の最善、尽くすべし。先を案じず、後ろを見ず、ただ

今のみを、それのみを。悔み、悔いるに、何も変わらず。

ただ前を見て、行い決めよ。よく生き、思い、祈りて生きよ。

 

 

 

神の声を伝える人
ひふみともこさん著書 「神から人へ(下)」より抜粋
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神から人へ◎曇らぬ心で明るき未来を思うべし◎


 

神から人へ、人から神へ。多くの人の手を集め、力を集め、
声を集め、祈りを高めて乗り切れよ。今の世の中、現状の、
一つ一つに込められし、神の思いを読み取れよ。
何よりもまず、あせらずあわてず、己の課されし行に励みて、
心の乱れを起こすことなく、ただ平穏に平静に、
今この時の瞬間に、己の全霊 全てを込めて、神の道に
外れぬように、祈りを込めて行わばよし。
人の心の迷い、惑(まど)いは、全て人知の愚かな欲なり。
なればそれを捨て、乱れをなくして、唯に尊き祈りの心で、
人類全ての救済と、地球の平和を祈るがよからん。
何を思うも案ずるも、全ては無駄の人間心。神の前に
委(ゆだ)ねなば、何の煩(わずら)い、不安無し。
人は勝手に先回りして、心配恐怖を先に立て、あわてる
ばかりで行い無し。なれど誠の行いは、今このときに
根を張る如く、地に足をつけ、気を定め、祈りのことばを
忘れずに、感謝の思いで満たされるもの。



なれば、全ては平凡なり。平凡なれど、容易になせぬ。
何よりもまず、己を見つめよ。今の己の心の奥に、
わずかなりとも計算なきか。楽のみ求めて、近道探し、
努力を怠(おこた)り、実りを欲する。人間心の怠け心は、
今の瞬間、危機を生きるに、最も忌むべき、危うき心。
よく戒めて、律すべし。自ら省み、正すべし。
人の忠告待つことなく、まずは始めよ、己から。
今はそれのみ求むなり。それさえなさば、何も求めぬ。
最後の瞬間、危機を超え、無事に次代を生き延びよ。
生きて残るがまずは先決。短き間なり、残りの時は。
なれば時間を無駄にせず、常に御魂を磨き浄めて、
日々の努力を大切にせよ。伝えるべきは常に変わらず。



神の求むる人の修行は、行い、心と、ことばの浄め。
感謝と素直な気持ちを持ちて、常に曇らぬ心を保ち、
明るき未来を思うべし。案じて何も変わることなし。
恐れて救わることはなし。全ては己の今の生き方、
思いの持ち方、心の置き方。繰り返しなれども、
飽きることなく、続ける努力に価値のあり。日々に
変わりて、留まることなく、変化を求めてすぐに倦(う)む。
さなる不満の日々ならば、御魂の光は強まらぬ。
忍耐努力、変わらぬ日々を、心新たに生きることこそ、
最も尊き魂ならん。さにて本日、最も基本の人間の、
人類普遍の生き方示せり、よく肚に入れ、肝に納めよ。
さにて。

           

 

 

神の声を伝える人
ひふみともこさん著書  「続神誥記」より抜粋
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神から人へ ◎前世・現世・神縁について◎



神から人へ、人から神へ。教えの一つ、伝える意味を、

生の要(かなめ)に、中心に据え、己の生を高めてゆけよ。

単なる知識や好奇心、すぐに忘れることばにあらず。

しかと己の御魂(みたま)に入れよ。前世は己の生を清算、

新たな生を賜わるために、生の終わりに区切りをつけて、

過去のあやまち、誤りを、気付き認めて、神に詫び、

己の御魂の浄化を求め、神に許しを乞いて後、

御魂は許され、来世に移らん。なればこの世に犯せし罪も、

次なる生に生まれし後には、宿世(すくせ)の縁は洗い流され、

新たな縁を賜わらん。過去の縁(えにし)は一代限り。

そのたび新たな縁を結ばん。親子の縁に、友の縁、師弟の

縁も、皆初めから結び直して広がらん。

 

 

なれども神を介する縁は、生まれて変わり、死に変わり、

輪廻転生繰り返せども、必ず出会い、結ばれん。

永き年月、幾星霜(せいそう)、この世に宇宙の創られて、

数多(あまた)の生命、生体が、神の摂理に導かれ、

宇宙の運行、自然の流転、真理を行い現わすために、

神の世界を実現せんと、祈りを込めて仕組まれし、

壮大無窮の天の命を、一つ一つの形に表わし、

各々異なる役目を担(にな)わせ、その遂行のため、

完成のため、神の経綸、計画により、出会いし縁こそ

神の縁。さなる神縁、奇(く)しき縁なら、世代を重ね、

年を経れども、神代の時よりつながる縁なり。

 

 

なれば人は、大切にせよ。神との縁にて出会いし人を。

前世の罪は前世に終われり。前世の功(いさお)も同じこと。

富も誉れも名声も、一代のみに許さるる、儚き夢なり、

幻なり。過去世にこだわり、とらわるなかれ。

過去世の罪は、あの世に禊(みそ)がれ、あの世に償い、

贖(あがな)いぬれば。過去世の罪を恐るるなかれ。

今この時を、現世の生を、畏(かしこ)み、惜しみ、

愛しみ、生きよ。神と結ばれ、神に結ばれ、この世に

神の縁を広げよ。さなれば人は皆救われて、この世を

生きる命(みこと)を見つけん。この世の生に、誠を傾け、

一日一日(ひとひひとひ)に 命(いのち)を捧げよ。さにて

本日、前世と現世、神との縁、この世の生の生き方を、

わかるに易しく教えたり。己の生に、教えを活かせよ。

さにて。




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神から人へ ◎神と人との違いについて◎



神と人との違いについて、今日は申し伝えるなり。

神は人に、神の御霊(みたま)を分け与えし。

なれば、人は、神の分け御霊を授かりし、尊い存在のはずなり。

そも、この世の初めには、人は神から、多くの許しを得て、

神のことばを使い、神の力を使い、神の光を用いて、

所によらず、時によらず、何事をもなすこと可になるにより、

多くの健、和、富を与えられ、

そを持ちて、人はおのが幸せを手に入れし。 

人が神に授かり、神にお借りし、神に許されし、数々の恵みが、

人から一つ一つ取り上げられし訳は、人の自我、人の我欲、

人の自己中心的観念が、人の内に芽生えてからなり。




神は、人に、数々の恵みを、人みなが幸福になるためにのみ、

分け与えられし。なれば、人が他のため、他の幸せのために、

それらのみ恵を用いず、己の欲望のみを充足させん、

人を支配させん、人を押しのけ、己のみが、他より多くのものを

独りの物にし、楽しみ、もちて遊び、己の欲望のみを満たさんと

し始めし時より、神は、人から多くの力、能力、才能などを

取り上げ、人を一つの肉体のみと、ならしめたまう。

それゆえ、人は、欠けたる力を補わんと、心行、体行、霊行、

それらをもちて、己の汚(けが)れし魂を浄め、高め、

元の力を神から許されるまでは、続けねばならずなりにし。




人が神に近づくというは、神が初め、元に与えし力を、

再び神から許され、再びそれら力を持つこと、

あたうような魂にまで、おのが魂を高めんことをいうなり。

なれば、人は、己の魂の浄まり、高まりに応じた

心行、体行、霊行を課され、そして、おのが魂の昇華を

果たさねばならなくなりし。それは一に、魂を元の高さまで、

元、神から分けられし魂の高さに戻すまで続く行なり。

神とて同じなり。神もまた、人の汚れが浄められ、高められる

まで、そのお導きをお続けになり、人が元の姿、魂、心に

変えるまでは、人と共に行をせられるなり。神、人、共にある

なれば、神のみが人に行を課し、おのが行はなしということは

なかりければ、人は、そをよくよく肝に銘じておきて、

神に近づかんの努力精進、怠らず続くべきなり。




神は人をこよなく愛し、こよなく慈しむの気持ちを持ちて

おられるれば、かつて人が、神と共に在りしときの、

この世の美と、富、幸とを再び人と共に、楽しまんと

望まれるなり。なれば、人一人一人、心を入れ替え、

神に帰依し、委ね、ただ己の行を行じて、汚れ曇りを祓い、

浄めねばならぬことなり。神に伝えられし、ことばの

一つ一つを、人の一人一人が、それぞれに応じて理解し、

肝に刻みて、おのが励みとすべきなり。

神は、奥底から、魂の奥底から、絶えず呼びかけ教え、

導いておられる。なれど、人に聞こえぬ声なれば、

気付き、悟る人間少なし。




それゆえ、神は、人の肉身に聞こえぬ声を、人に伝え、

知らしめるために、宗教を作られ、宗教の祖たちに、

神の教えを託せしなり。それゆえ、人は宗教より、

多くの知識、英知、この世で積むべき人の行い、

人の振る舞い、人の行について悟り気付くなるべきを、

曇らせ、濁らせし魂によりて、聞けども聞こえず、

見れども見えず。ただ、おのが我欲、利害、損得のみを

追い求むの性根変わらず。

人はおのが主なりて、神は隅に追いやられ、押しやられ、

おのが利益のみを優先し、おのが満足のみを求むなり。

なれど、その愚の積みし後に残るは、ただただ、

腐れ、汚れの積み上げし、おのが魂のみ。ますますの行を

残し、前にもまして、積まねばならぬ行に苦しむ、

哀れなる魂なり。なれば、あの世に帰りて後に、

おのが罪に苦しみ、心より悔いて、魂を浄め、

魂を高めんと、幾層倍の行を積まねばならぬことと

なりゆく。神は人に、さなる苦しみを与えたくはなし。

人の一人一人が、自ら気付き、自ら悟るを待つのみ。




さなれば、人は、心開き、目を開け、耳傾け、おのが

深き深奥に、眠らせし神を目覚めさせ、その声を聞き、

その姿を見出し、おのが導きを得らるるよう、

心清らかに、素直に保ちて、心からの祈りを捧げるべし。

祈りは意乗り、すなわち、神の意におのが意を添わせ、

神の御心におのが心を近づけんがための、魂から溢れ

出づる神への願いを表すものなり。神は祈りの声をもちて、

人の魂の昇華を認め、一段高き昇華を許さる。

神、清き祈りの声を聞き、その声をもちて、人一人一人の

魂の昇華の程を測り、知られる。神に下座し、神に

おのが過ち、おのが罪咎(つみとが)、先ずはお詫びし、

許しを乞うべし。そが行の始まり、根本なり。




罪咎なき人、一人もなし。生くれば、日々、罪汚れを作り

ゆくなり。人を苦しめ、人をうらやみ、人をおとしめ、

人をあざむく。それが人の我欲、我執なり。

我欲、我執に使われし人は、いつまで経ちても、魂浄まらず。

魂汚し、魂曇らせ、魂濁らせ、汚れにまみれるに任せるなり。

神に下座し、これまでの罪咎、汚れ、曇り、

迷妄の一つ一つを詫び、悔い、おのが魂の浄めの許しを

得んと、心よりの祈り、心よりの感謝を、神に捧げんと、

願うべきなり。神が人に求める気持ち、強くば強きほど、

人は神の御心に応えんと、精進努力、誠をもちて神に向かい、

神の御心をわが心に受け入れ、神の御心にまで高めゆかんと、

日々行ぜよ。行は行として、神に届き、そをもちて、

神は魂の昇華を許さるる。この世に囚われし心では、

汚れ取れざるなり。心高く、遠きあの世も見通す気持ちで、

魂の永遠の行を捉え、究めるべし。 





神の声を伝える人
ひふみともこさん著書 「神から人へ(上)」より抜粋
ひふみともこさんHP http://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/

「真理の御霊」 最後の審判(次元上昇)について
http://blog.livedoor.jp/hikarinomirai-mirokunoyo/archives/18847014.html

巫女より◎人間・最後の審判・次元上昇とは◎




人間とは神様の分け御霊(みたま)であり、私達が生きる

この世界(3次元)は、それぞれの魂が神様に体という器を

お借りして、様々な霊格の魂と一緒に学ぶ修行の世界です。

世界は神様の言霊で創られ、神様の御意図(真理)と、

原因結果の法則で支配されていますので、言葉を大切にし、

素直に神に委ね、我と執着を取る事により、良き方向に

事が進みます。神経綸「最後の審判」と、次元上昇を越え、

新しい次元へ進む前に、1999年よりひふみともこさんに

神示が下ろされています。ひふみともこさんの4冊の本

「神から人へ(上・下)」 「神誥記」「続神誥記」とブログ

三輪山の巫女の「真理の御霊」のブログでも読むことが

出来ますので、言霊で宇宙を創った神様、神様の世界、

宇宙、地球、人類、言霊、真理、輪廻転生、人類を救う言霊

「いろは」「ひふみ」、最後の審判について学んでください。





「真理の御霊」 最後の審判について
http://blog.livedoor.jp/hikarinomirai-mirokunoyo/archives/18847014.html

神から人へ ◎最後の審判への心構え◎



神から人へ、人から神へ。多くの人の手を介し、人の力を
集めつつ、神の光を世に広め、神のことばを人に届けて、
さらなる地球の向上と、人の進歩の時は近し。
なれば人は恐ることなく、何の迷いもわずらいもなく、
神のみ光、力を信じて、ただこの時を、今のみを、
ひたすら地道に、無欲の心で、神のことばを一途に守りて、
外れることなき道を歩みて、ひたすら直ぐなる神への道へと、
精進努力の生を貫け。人間の目には変わらずとも、
霊界仕組みは進みゆき、人の世界の変化に映らぬ、
進化、変化を遂げるなり。



なれば人は休むことなく、今の地位に甘んずるなく、
己の魂の向上、昇華(しょうげ)を、一途に帰依し任せる心で、
迷い疑い、心配も捨て、次なる出来事、生ずることに、
心の準備を整えて、あわてず迎え、対すべし。
あせり、あわてる、心の乱れは、最も忌むべき心の構え。
泰然悠然、平らかに、心の勇み、騒ぎを鎮めて、
己の課せらる霊行を、真摯(しんし)に行い、全うすべし。
人は多くを欲張りて、出来ぬことさえ求めるもの。
なれどかえりて、なすべきことは、手を抜き、気を抜き、
しくじるもの。人は己に見合いしことのみ、神に許され、
認められしことのみ専念、行わばそれにて充分昇華せん。
なれば、今は不安も不要。あせらぬ日々を送ることのみ。
変わらぬ教えもそのことなり。人の心の奥底の、
神を信じぬ疑い深さを、省み、戒め、正してゆくべし。
次なる次元を迎えるためには、最も必要、不可欠のこと。 
疑う者は救われず。信じぬ者には手も伸ばし得ぬ。
神の声も聞こえぬ者に、いかに教えを繰り返せども、
全ては無駄の徒労とならん。なれば、今は、聞こえる者が、
聞こえぬ者に伝えるべし。次なる世にも残れるように、
欲得、執着、頑迷を捨て、神の前にて素直なる、
無垢なる御魂に返るべしと。



一つの努力も無駄はなし。全てが波動の蓄積となり、
必ず地球を動かさん。地球の全てを覆うまで、
ことばの波動を行き渡らすこと。波動は広がりて、
波紋のように伝わりゆかん。あきらめるなく、投げ出すなく、
夢を失うことのなく、希望の光に従いて、暗き道をも進むこと。
そこそが今の人への願い。神の祈りの全てならん。
さにて本日、今この世の現状を、平静、平穏、平安に、
見極め生きる要を説きし。いつの世にてもあせりは禁物。
いらだち急くも、ことは進まず。余計な乱れのもととならん。
なればよくよく繰り返し、己の御魂に聞かすがよし。

 

  

 


神の声を伝える人
ひふみともこさん著書  「続神誥記」より抜粋
ひふみともこさんHP
http://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/

大神神社 狭井神社 三輪山の巫女 
「真理の御霊」 最後の審判について

http://blog.livedoor.jp/hikarinomirai-mirokunoyo/archives/18847014.html


巫女より◎三輪の祈りとは・最後の審判の前に◎



(三輪の祈りとは・最後の審判の前に)

2017年3月より神の国である日本国民は、言霊を大切にし 

言葉を浄め、行いを改めます。古代の魂の人、覚醒した人、

霊格の高い人が、人々に神様の言葉を伝え、正しく生きる為の

気付きを与え、神様が人間に授けて下さった言葉を、

人を傷つける為に使うのをやめ、平和のために使います。

音霊、言霊、祈りと祝詞、お経、神楽、お祭り、 良質な音楽、

日本の文化と芸能、芸術で神様と繋がり、

神様に感謝の言葉を伝え、高い霊性を取り戻していく努力をし、

一人でも多く、神様が準備して下さった平和な次元へ行ける

よう、働かせていただきます。また人類がここまで、神様が

お創りになった地球を穢してしまったことを、お詫び致します。

天の神様、地の神様、どうかこれ以上、人間が地球を壊しま

せんよう、お導きを宜しくお願い致します。


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三輪の祈り、ひふみの祈りとは、「最後の審判」の前に、

神様の分け御霊(みたま)である人類が、物質金銭への執着と

我欲を離れ、人の幸せ、世界の平和を願うこと、

自分の命、生かされていることに神様の慈愛を感じ、

縁ある人と、ささやかな幸せに、感謝をしながら生きること、

神様がお創りになった自然を大切にし、自然に触れ、

自然に癒され、人間も自然の一部だと気づくこと、

機械への依存をやめ、人と繋がり、弱き者を助けること、

失った自信と、明るい想念を取り戻し、これから始まる

平和な次元へ、多くの人が進んでいけますように、

という祈りです。

また、人の祈りと、天の神様の祈り、地の神様の祈りを

一つに繋ぐお役目の、菊理媛神(くくりひめ)様の御霊の

女性が、現在行っている祈りの事です。


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大神神社 狭井神社 三輪山の巫女 
「真理の御霊」 最後の審判について
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